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No. Pass
【撮影日誌】
撮影日誌です。
 
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2002年10月の日記です

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▼2002年10月30日 (水)   -- No.[23]

随分寒くなりました・・・・
撮影中夏かと思うほど暑かったのに、今回来て見ると寒くなりましたね・・・秋を飛び越えてもう冬という感じです。
 撮影の時は車があったのですが、本日の移動手段は歩くのみ・・・余計寒さが身にこたえました。朝、来年の上映先である四日市市文化会館にチケットを置いてきました。今日から一般の人でも買えますよ。値段1000円です。ぜひ来年の7月まで家宝にして取っておいて下さい。
 明日から7日までは挨拶まわりが続きます。
 
 


▼2002年10月28日 (月)   -- No.[21]

ちょっと日記サボってしまいました
すいません。土日は日記サボってしまいました。監督は土日もさまざまな方にお会いして精力的に動いています。
 本日東京に一時戻ってきます。夕方に会う予定になっています。変わって明日より私・中島が四日市市に戻ろうと思っているのですが、細かい作業がたまっていて、あさってになってしまいそうな・・・。
 四日市似なれてしまった僕にとって一時間かけての会社への出社は結構大変です。
 早めにポスター、チラシも作りたいし、予告編(特報バージョン)も作成したいし、四日市以外での上映もそろそろ動き出さなければならないし・・・映画以外の仕事もしなければ・・・などと思うと
今年の正月は訪れるのでしょうか・・・・ないかも?



▼2002年10月27日 (日)   -- No.[22]

撮影スタッフの数
さて日誌とは関係ないかもしれませんが皆さんは多分「映画のスタッフっていっぱいいるけどどんな役割があるの?」と思われているのでは。ということで本日は皆さんの疑問にお答えします。
監督・・・これは誰でもしってますね。

プロデューサー・・・これは私です。本当はその下にアシスタントプロデューサーというものがいるのですが、僕が兼任しています。


助監督・・・監督をサポートするスタッフ。だいたい3人から4人いてスケジュール担当、衣装担当、美術担当がいます。だいたい現場の仕切りはチーフもしくはセカンド助監督の仕事です。サードはカチンコを打ちます。

制作・・・主にロケ場所を探すのが第一の仕事。今回は監督が四日市出身ということもあり基本的に一緒にはじめからまわりましたが、通常は先ず制作が台本を見て場所を探すというのが普通です。現場に入ると現場の誘導から弁当の手配、スタッフからの要望にすぐにこたえなければならない大変過酷な仕事です。

そのほか撮影、照明、録音などの技術スタッフ。

カットのつながり、衣装などのつながり(衣装はまちがっていないかなどを見ます)をみるのは記録(スクリプター)
 

今回の喫茶店を作り出した美術。今回は2人しかいませんでしたが本来なら美術デザイナー、装飾、小道具担当と最低3人(もっと普通はいます)はいて、さらに部屋の飾りなどがあるときは応援で数人が加わったりします。
 今回は2人だけで最後までのりきりました。大変な苦労だったと思います。

 に撮影後は編集や音楽担当、音楽効果担当など加わります。とにかく大勢のスタッフがいなければ映画は完成しないのです。
 
 総勢で30人は超えます。さてみなさんならどの部署に行きたいですか?やっぱり監督? いやカメラマンですか?

 



▼2002年10月25日 (金)   -- No.[20]

今日も7時に目が覚めました
ロケが終わって2日目。久しぶりの自宅でノ就寝。しかしロケに慣れた体はゆっくりと寝かさせてはくれませんでした。7時には目が覚めてしまいました。


 監督は本日もさまざまな所を訪問。映画の撮影は終わっても来年7月の上映までは気が抜けません。
 ところで監督と私、中島は来年夏に実は映画の撮影予定が入っていてます。まだ内容はあかせませんが・・・舞台は九州です。
 ぼくのほうはそろそろキャスティングで動きはじめなければなりません。「いずれの森か・・・」と平行しながら次回作の情報もお知らせしていきます。

 昨日夜撮影したフィルムの最後の数日分を現像所に入れました。
 28日にこの分の試写を行う予定です。あとは編集作業に入るだけとなりました。

追伸 タカ役の高野さんと本日電話で話しをしたところ、今度は京都で仕事だそうです。ゆっくりと休む機会もなくお忙しいようです。






▼2002年10月24日 (木)   -- No.[19]

監督市長訪問です
本日の監督は忙しいです。
9:00 市長に挨拶
9;15 議長に挨拶
10:00 CTYさんの取材
午後 読売新聞さんの取材。

 撮影が終わったばかりなのに大忙しです。さて本日わたくしは東京で録音機材返却、移動車(撮影の際に使う道具)、映写機返却と
東京を車で返却行脚の旅です。
 本日は夜早く寝そうなので早めに日誌書きます。

 本日は未来系の日誌になっています。 AM8:00


▼2002年10月23日 (水)   -- No.[16]

青き海は遠かった・・・そしてクランクアップ
いよいよ撮影最終日。すでに先日でメイクの野々下さん、衣装の佐喜真さん、照明の石黒さん、照明ドライバーの三井さんは一足先に東京へ。本当にお疲れ様でした。

 今日は「青い海」の撮影のため熊野の「あしたか海岸」での撮影。車で片道4時間かけて撮影現場へ。ドライバー陣はプロデューサー中島、助監督南崎、制作増永、そして今回出演していただいている三重アクターズ養成所の松井由さん(松井さんは今回裏方の現場にもつきたいということでボランティアで自分の出番のない日は制作として参加していただきました。本当にありがとうございました)
 通常でしたら車両の運転は専門の方にお願いするのですが、予算の都合でいろいろな部署から運転を出来るものを集いました。
 みなさん本当に申し訳ございませんでした。

 さてラストを飾ったのはアオイの少女時代の場面でした。
 「海で遊ぶ少女アオイと母・・・。そこには青い海が・・・」
 
 撮影準備中の曇り空で絶望かと思われた空が、いつの間にか晴れ渡り、題名どおり「青い海」になりました。
 「もう少しで「いす゛れの森か白い海」になるところだっただけに、晴れ渡った瞬間監督の目から涙が・・・(嘘です) 

 さて今23日から24日になり朝4時過ぎです。さきほど東京に私、中島は一時戻ってきました。それも車で・・・。助監督の南崎さんと交互に運転してきたのですが、さすがに熊野にいってさらに東京はしんどかったです。しんどい中で日誌を書く自分は「ちょっとだけ凄い!!」かな?
本当に四日市のみなさんにはお世話になりました。今後ももっとお世話になると思いますので(笑)宜しくお願い致します。
 早坂さん、マネージャーの渡邊さん、高野さん無事終わりましたよ。
 さて撮影は終わりましたが日誌は来年まで続けます。
 「撮影終わったのに書くことあるのかよ!!」「誰もみねえぞ」
と画面で叫んでいる皆さん、とりあえずずっとみていればあなたは「いずれの森か青き海」博士になれます(笑)BY中島

追伸 ねむーーーい。
    
    

 


 


▼2002年10月22日 (火)   -- No.[15]

アオイは走り続けた・・・
本日主人公のアオイ役の西村美紅さんの撮影すべて終了いたしました。お疲れ様でした。
 初めての映画出演でいろいろな戸惑いなどがあったと思いますが、ほんとうにスタッフ一同、美紅ちゃんには感心しました。
 これからまた日常生活に戻られますが、学校のほうもがんばってください。あっそういえば中間テストがあるんですよね。がんばってください!!

ところで今回の映画アオイが自転車で走る場面がとても印象的です。コンビナート群、倉庫街、川沿いなどアオイの走る姿に注目を!!
監督もどこまで走らせるのかというぐらい走らせていました。
たとえばカフェの前を走るシーンは車にカメラを積んで自転車と同時に走らせるのですが、スタッフ一同「何処まで行くんだ!!」と思うぐらい遠くまで走っていってしまいました。しまいに見えなくなってしまい・・・結局倉庫街まで走って行ったらしく2シーンを一緒に撮影してしまう離れ技?を披露。
 「もう自転車に乗りたくない・・・」といったかどうかは定かではないですが、監督は「ぼくはいつも30分かけて自転車で撮影現場に来てるんだ・・・これぐらいは楽なもんだよ」と美紅ちゃんに一言。
 いよいよマジック1です。

 


▼2002年10月21日 (月)   -- No.[14]

高野さん本日帰京。撮影は午後から開始
高野さん本日の午前雨帰京しました。ちなみに夕方私(中島)に電話があり、「撮影中のスナップ写真があったら何点か送ってください」とのこと。もし撮影にいらっしゃっていた方で高野さんの写っている写真があったら送ってください。デジタルでしたら添付ファイルで送っていただけるとうれしいです。写真の方はお手数ですが
メールいただければ住所お教えしますので送っていただければと思います。
 
 残すところあと3日です。朝の雨が嘘のように晴れ上がりました。監督は「僕は昼から晴れると思っていた」と平然としていましたが、午前中電話で「雨だな・・・」といっていた悲しい声でした。
 晴れ上がった中で撮影は順調に進みました。夜はいつも雨で中止になっていた築港の場面を撮り終えることも出来ました。
 その裏で美術の久保さん、清水さんはすでに撮影の終わったカフェ、主人公ノアオイの部屋の片付けに入りました。撮影がもう終わるんだな・・・と感慨深いものがあります。明日からはスタッフも徐々に帰京していきます。マジック2。


 追伸 最近朝6時すぎになると目が覚めてしまいます。撮影で゜の早起きが習慣になったようです。毎回そうですが撮影がすべて終わって家に帰って数日すると朝8時に起きるのも苦痛になります。

 合宿生活を快適?に送っている制作久野さん、安武君、増永君、助監督の南崎さん、山浦さんもうすぐ帰れますよ(笑)
 


▼2002年10月20日 (日)   -- No.[13]

高野さん疲れ様でした
高野さん本日クランクアップです。お疲れ様でした。「東京に戻りたくないな・・」と言っていた高野さんですが、「来年7月25日の四日市の上映には戻ってきます」とのこと。四日市のみなさんぜひ見に来て下さいね。
 
 一方・・・撮影の方は雨が続きます・・クランクアップ直前で足踏みです。マジック3で23日クランクアップ予定です。
 晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ晴れ!!!晴れろ!!!


追伸
 撮影していたフィルムの現像が上がってきて映写を見ましたが
監督が「僕が助手時代、監督になってからすべて合わせても、こんなにいい上がりは初めてだ」と自信を深めていました。
 みんなに見せられないのが残念ですが、来年の7月まで待ってくださいね。では晴れを祈って眠りにつきます。P.中島 


▼2002年10月19日 (土)   -- No.[12]

塩浜中学校で高野八誠特製○○!!登場
曇り空。今にも雨が降りそうな中で撮影がスタートしました。塩浜中学校前の土手、自転車置き場でのシーンは天気との戦いでした。
降り始める雨・・・早く撮影しなければ・・・こういう時はスタッフワークがものを言います。多少の怒鳴り声?もありかながら何とか乗り切りました。
 ところでいまやすっかり四日市に馴染んでしまった高野八誠さん。
 10月2日に四日市に入って以来、東京に一度も帰らないという熱の入れよう。「東京に帰るのやだな・・・」と自分の出番が無い時は商店街をうろうろしています。
 しかし本日、高野さんは出番がないにもかかわらず我々スタッフとともに8時30分に出発。その右手には大根、にんじん、ソーセージの入ったスーパーの袋が!!
 疲れているスタッフを労わってか、高野さん「僕がおいしいスープを作ってあげる」と前日自ら買出しをしてくれました。
 おかげで撮影は順調に進みました。
 しかし夜雨が・・・ということで夜の撮影は中止になりました。
 雨よ止んでくれ!! by プロデューサー中島
 


▼2002年10月18日 (金)   -- No.[11]

いずれの森か・・・
朝6時出発で飯高町に向かいました。冒頭の場面での『深い森』の撮影です。どうしても晴れでなければならないシーンでしたが、出発時はあいにくの曇り空。向こうの山のほうを見るとこれまた雲に覆われていました。
 監督も移動の車の中で「晴れないかな・・・」とずっと呟いていました。
 私(中島)も監督に「山の天気だから分かりません・・」と言いながら雲空を見ていると心の中で「だめかな・・・」とちょっと弱気に。
 しかし!!!日頃の行いがいいと自負?する瀬木監督の願いが通じたのかわずかに晴れ間が!!
ということで3時間かけて移動した撮影はあっという間に終了
 スタッフの誰もが「僕が参加したロケはいつも晴れる」と自慢しあってました・・・もちろん監督も・・・。


▼2002年10月16日 (水)   -- No.[24]

早坂さんクランクアップ
ロケも中盤に差しかかって来ました。富田での撮影。早坂さん全て撮影終了。お疲れ様です。


▼2002年10月15日 (火)   -- No.[10]

突然の雨で・・・
天気にも恵まれ撮影もはや11日目。喫茶店でのクライマックスシーンの撮影がありました。西村美紅さん、高野八誠さん、早坂好恵さんの3人の芝居となりました。
 美紅ちゃんは連日のロケでちょっと体調を崩し気味のようです。

 夜の築港での撮影は準備の途中で大雨が・・・。監督は「やむ雨だから・・」と30分ぐらい待ちましたが、撮影の疲労などを考え
延期に・・・。

 明日は電車の中のシーンです。実際の電車を使うので監督、助監督。制作陣は本日は徹夜で段取りを作成?


▼2002年10月14日 (月)   -- No.[8]

クリーン大作戦!!
前日170人エキストラを使ったロケも終わりやっと一息と思ったのもつかの間。今度はクリーン大作戦と称した『ゴミ拾い』の場面の撮影を120人のエキストラを使って行ないました。幼稚園のこども達約20名も参加。みんな楽しんでやってくれたようです。
 エキストラで参加してくださっている岩間さん、スチールでお世話になっている田中さん。市役所商工課の駒田さん、今回の舞台の喫茶店の持ち主の鈴木さんにはエキストラ集めに奮闘して頂きありがとうごさいました。
 集合時間5分前に制作担当の久野から『3人しか集まっていません」と言われた時には真っ青になりましたが時間になるとみな集まってくれました。
 ロケも残すところ1週間。明日も7:30より撮影です。
 


▼2002年10月13日 (日)   -- No.[9]

商店街で大喧嘩!!!!
この日は映画最大のエキストラを使ったハーンの撮影。170名のエキストラの方々を前に商店街でのケンカのシーンを撮りました。四日市のみなさんの素晴らしい演技もあり、素晴らしいシーンになったのでは?
 
 


▼2002年10月11日 (金)   -- No.[7]

初めて夜の撮影がありませんでした。
撮影がはじまって6日目。初めて夜の撮影がありませんでした。
毎日朝から晩まで弁当だけだったので夜ゆっくりと食べられるのはやはりホッとします。
 
 朝、河原田駅の撮影では映画スタッフが弁当を食べるシーンの撮影。美術の久保君もエキストラで参加。『朝食べてなかったから」といいながら芝居そっちのけで食べていました。


 ちなみに本日偶然ですが記録の阿南さん、衣装の佐喜真さんの誕生日でした。おめでとうごさいます。


▼2002年10月 9日 (水)   -- No.[6]

久しぶりに晴れました。
午前中は約60人のエキストラを使っての商店街での撮影。祭の日の設定で盛り上がってもらいました。13日には300人以上のエキストラを使って商店街を埋めたいのでぜひみなさんでお声を掛けてください。400人500人集まっても構いません。
 
 ところで本日河原のシーンの撮影中画面の中に犬を連れた方が写りそうなので制作担当の久野氏が『すいません、ちょっと写ってしまうんで』と近づいたらい犬がなんと噛み付いてきました。
 その後久野氏は病院へ・・・。
 破傷風の注射を打って事なきを得ましたが、さっき『あれ、財布がない』とまたまた大騒ぎの久野氏。
 結局、病院に忘れてきた模様・・・。ついていない一日でした。

 


▼2002年10月 8日 (火)   -- No.[4]

撮影四日目。雨のため、撮影わ変更しながらの撮影になりました。
明日はいよいよエキストラを大勢使った場面の撮影です。平日なのでどれくらい集まるのか心配ですが・・・。
 


▼2002年10月 6日 (日)   -- No.[2]

雨予報・・・大ピンチ!!!!!!
雨予報で諏訪神社大祭のロケ。もし雨が降ったら中止と聞いていたので不安な朝を迎えました。
 映画の中でも重要なシーン・・・雨で祭が中止になったら・・などと考えていましたが・・・。
 13時50分から開始の大入道の演技の撮影ではチューリップクレーンという大掛かりな機材わ使っての撮影でした。祭客の方々も満員で迫力ある画が取れたのでは!!
ところでここ最近のスタッフの平均睡眠時間は約2時間・・さすがに疲れが溜まっているのですが、早く撮影が終わったにもかかわらず合宿場所である劇団四日市さんのアトリエに帰ると、制作担当久野さんはじめ、助監督の南崎さん、山浦さんはなぜかビールを飲み始め結局午前2時過ぎに・・・。「おい。もうこんな時間だよ」といいながら、今も飲み続けてます・・・。

 


▼2002年10月 5日 (土)   -- No.[5]

祝クランクイン!!!
さて本日からクランクインです。みなさん撮影隊を見つけたら暖かく見守ってくださいね。くれぐれも「じゃまだ!!」などと言わないで下さい(笑)
 祝クランクインの最初の撮影は河原田駅前でした。
オーストラリアの家族を迎える喫茶店の常連と主人公アオイの場面です。
  エキストラの方が10名ほど参加してくれましたがなかなか味のある演技をしてくれました・スタッフ一同感謝。

その後は撮影の主舞台となる「DEEP FOREST」という喫茶店のシーンがメインになりました。
 10年前ぐらいに閉鎖した『ラブロックカフェ』という喫茶店を
今回美術スタッフにより新しい喫茶店として生まれ変わらせました。そのうち写真で公開します。
 
 


▼2002年10月 4日 (金)   -- No.[1]

クランクイン前日
いよいよ明日から撮影が始まります。数ヶ月間四日市のいろいろな方々に支えられてここまで来ました。今日は明日からの撮影の準備でほぼ徹夜になりそうです。22日まで四日市市を舞台に22日までのロケの予定です。休みなしで頑張ります!!
 


▼2002年10月 3日 (木)   -- No.[17]

高野八誠なぜかクランクイン2日前に四日市へ
高野さん本日四日市にやってきました。まだ撮影まで2日あるのになぜ?
 監督自身が今回特にこだわったのが四日市弁。関西弁でもない名古屋弁でもない・・・
「四日市にこなければその土地の雰囲気は分からない」と監督が高野さんに一言。高野さんはこの日から四日市に自分の出番が終わるまでいることを決意しました。
 さすがプロ根性!!


▼2002年10月 2日 (水)   -- No.[18]

日誌担当プロデューサー中島四日市入り!!
四日市に来ました!!ただそれだけです(笑)


▼2002年10月 1日 (火)   -- No.[3]

いよいよ10月撮影まであと5日
10月になりました。撮影前の一番忙しい時になりました。ロケ場所の整理、スケジュール調整、美術関係の残りの調達。エキストラ関係の募集などなど、いっぱいやることがあります。
 怒涛の10月の幕開けです!!!!!!!!!!!!





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